ナウル
ナウルの基本情報
- 最終更新
- 2007-04-09T00:00:00+09:00
- この記事のURI参照
https://www.7key.jp/data/country/oceania/nru.html#basic
- 国・地域名(ISO 3166-1による英語名)
- ナウル共和国【Nauru】。公式の英語表記は、Republic of Nauru。
- 首都
- ナウル(ヤレン地区)【Nauru(Yaren)】(公式の首都はなし)
- 国旗

- 人種
- ミクロネシア系(ポリネシア、メラネシアの影響あり)、中国人8%
- 言語
- 英語(公用語)の他ナウル語を使用
- 宗教
- 多くがキリスト教徒
- 通貨
- オーストラリア・ドル:Australian Dollar(AUD)
- 3文字国名コード/2文字国名コード/数字国名コード
- NRU/NR/520
- 人口/面積
- 12,809人/21平方キロメートル
- 国歌/国花/国鳥
- ナウルの歌/-/-
- 漢字による表記
- 瑙魯
- 時間帯
- UTC +12(DST: なし)
- ccTLD
- .NR
- 国際電話番号
- 674
ナウルのその他情報
- 最終更新
- 2007-04-09T00:00:00+09:00
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https://www.7key.jp/data/country/oceania/nru.html#other
ナウルの地形
太平洋南西部に浮かぶ珊瑚礁からなる島国。ニューギニア島から東に2000kmの位置にある周囲19kmのナウル島からなる。赤道よりわずかに40km南に位置し、メラネシアに属する。周囲の島からは孤立し、北東のギルバート諸島からは約500km、南西のソロモン諸島からは約1000km離れている。最高地点の標高が69mと平坦。ナウル島はサンゴ礁のうち発達の段階が進んでいない裾礁。島の中央部は良質のリン鉱石(グアノ)からなる台地で、採鉱用の一時的な施設を除くほぼすべての建造物は海岸沿いに並ぶ。台地は島の面積の約80%を占める。
ナウルの気候
ケッペンの気候区分では熱帯雨林気候に属し、一年中気温、降水量ともに変化がない。ただし、年ごとの降水量の差は大きい。
ナウルの経済
野菜、果樹の栽培と漁業が行われているが自給に限られる。ココナツ栽培、養豚がわずかに見られる程度。地下資源ではリン鉱石が豊富で、オーストラリアや日本などへ輸出される。リン鉱石はアホウドリの糞が堆積したもので、全島の5分の4が覆われている。2002年時点で5万5000トンのリン鉱石を採掘し、99%以上を輸出している。工業はほとんど行われておらず、食糧、日用品はもとより、飲料水や土砂まで輸入に頼る。現在、電力不足・燃料不足・飲料水不足が深刻化している。
主要貿易品目
輸出は燐鉱石、魚介類。輸入は機械類、車両、建築材料、雑貨、食料品。
主要貿易相手国
輸出は日本、インド、韓国。輸入はオーストラリア。
ナウルの歴史
- ポリネシア人とメラネシア人がナウル島の先住民。
- 1798年:イギリスの捕鯨船ハンター号の船長ジョン・ファーンがナウル島を「発見」。ファーンによりプレザント島【Pleasant Island】と命名される。
- 1888年:ドイツ領となる。
- 1889年:豊富なリン鉱石が発見される。
- 1906年:リン鉱石の採掘が始まる。
- 1914年:第一次世界大戦の過程でオーストラリアが島を占領。イギリスの支配下に入る。
- 1920年:国際連盟委任統治領となる。イギリス、オーストラリア、ニュージーランド3国の委任統治下にあったが、リン鉱石はイギリスが採掘していた。
- 1942年:日本軍が占領。
- 1946年1月1日:アメリカが占領。
- 1947年:イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの3国を施政国とする国際連合信託統治領になる。
- 1968年1月31日:イギリス連邦内の共和国として独立(1970年まではリン鉱石の権利がイギリスに残っていた)。ナウルの首長、ハマー・デロバートが初代大統領になる。
- 1976年:バーナード・ドウィヨゴが大統領に就任(〜1978年)。
- 1987年:南太平洋非核地帯設置条約に調印。
- 1989年:初めてリン鉱石の産出量が減少。
- 1999年9月14日:地球温暖化による海面上昇を解決するため国連に加盟。この頃には唯一の収入源ともいえるリン鉱石がほぼ枯渇したため、政治的な奇策を繰り出すようになる。
- 2001年:オーストラリアに向かったアフガニスタン難民を受け入れる。その見返りとして、オーストラリアから援助を引き出す。ただし、難民はオーストラリア入りを希望していたため、2003年末にはハンガーストライキによる抗議が始まり、結局難民はオーストラリアに引き渡されることとなる。
- 2002年:台湾との国交を断絶し、中国と国交樹立。中国から1億3000万ドルの援助を引き出す。
- 2004年:オーストラリアから1,700万ドルの無償資金供与を受ける。
- 2005年5月:台湾と復交。
- 2005年8月:日本外務省はナウルに対して無償資金協力(ノンプロジェクト無償資金協力)を行うことを決定。
- 2006年4月:台湾の援助で旅客機を購入。以前所有していた旅客機は財政危機により差し押さえられていた。
ナウルの文化
- ナウル島には河川が存在しないため、飲料水などはすべて雨水に頼っていた。しかし、リン鉱石の輸出によって一人当たりのGNPが3000ドルに達していたため、海水淡水化プラントを稼働させ、海水から淡水を得るようになった。
- バチカン、モナコに次いで面積が小さいミニ国家の1つ。
- ヤレン地区に政庁があることから一般にナウルの首都はヤレンとされるが、ナウル政府はあくまでも公式に「首都」なるものの存在を公表しておらず、またヤレンは都市ではなく地区であることから、ヤレンを正確に首都と定義することはできない。公式の首都の無い唯一の国である。ヤレンの人口は2004年現在で1100人。
- リン鉱石は海鳥の糞に由来する。約90年間に及ぶリン鉱石採掘のため、島の中央部は一切の車両通行が不可能なほど荒れており、何の利用もできない状態になっている。20世紀末まではリン鉱石の輸出によって、オーストラリアとニュージーランドを除くオセアニア諸国のなかではもっとも経済的に繁栄していた。殆どの食料品と工業製品はもちろん、政府職員を除くほぼすべての労働者も出稼ぎ外国人に依存し、国民は働く必要がほとんどない状態だった。貿易依存度は輸出、輸入とも110%という異例な値。1989年にリン鉱石の採掘量がはじめて減少し、21世紀に入ってリン鉱石がほぼ枯渇すると、政治的、経済的な奇策に走るようになる。海外からの資金流入と国際金融業の参入を狙って、ほぼ全ての規制を廃したが、マネーロンダリングの抜け穴になることを理由としてアメリカから批判を浴び、頓挫。対テロ戦争以降はアフガニスタンからオーストラリアに向かう難民を受け入れ、2005年時点ではイラク難民の比率が高い。
- ナウルは台湾を国家承認しているため、中国の妨害にあって国連への加盟が危うかった。隣国のキリバスと同時加盟だが、キリバスは中国と国交を持っていたにも拘らずナウル加盟を支持していたため、巻き添えになりかけた(キリバスは後に中国と断交し、現在は台湾と国交)。
- 2003年2月21日にはBBC放送が諸外国からナウルへの通信が途絶したとのニュースを配信。政変やクーデターが推測されたが、資金的な事情で通信設備が維持できなくなったことが後に判明した。
- イギリス連邦加盟国。
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Copyright (C) 2007 七鍵 key@do.ai 初版:2007年03月05日 最終更新:2007年04月09日