プラトン【Platon】

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プラトン(BC427年頃〜BC347年頃)

最終更新
2007-10-21T13:54:02+09:00
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ソクラテスの弟子で、アリストテレスの師。アテナイ最後の王コドロスの血を引く貴族の息子としてアテナイに生まれる。若い頃は政治家を志していたが、やがて政治に幻滅を覚え、ソクラテスの門人として哲学と対話術を学ぶ。ソクラテスの死後、プラトンはアテナイを離れてイタリアのシチリア島、エジプトを遍歴。このときイタリアで、ピュタゴラス派やエレア派と交流を持ったと考えられている。その後紀元前387年、師の思想を普及させるためにアナテイ郊外にアカデメイアと呼ばれるヨーロッパ初の大学を開設(この学校は以後900年以上存続)。紀元前367年、友人ディオンらの懇願を受けシチリア島のシュラクサイへ赴き、シュラクサイの若き僭主、ディオニュシオス2世を指導して哲人政治(『国家』に示される)の実現をめざしたが、着いた時にはディオンは追放されており不首尾に終る。紀元前361年、ディオニュシオス2世自身の強い希望を受けて再度赴くが、またしても政争に巻き込まれ今度はプラトン自身が軟禁されてしまう。この時、友人であるピュタゴラス学派の政治家アルキュタスの助力を得てなんとかアテナイに帰ることが出来た。そして哲人政治の夢は、紀元前353年にディオンが政争により暗殺されることによって途絶える。自分の生きている間にアテネの政治を変革することに無理を感じたプラトンは、理想的政治思想を完成させたものの、その実現を後世に託した。『ソクラテスの弁明』や『国家』、『饗宴』など対話形式の多くの著作を残したことでも知られる。

ソフィストの1人ゴルギアス(BC483年〜BC376年頃)は、何ものも存在しない。存在していても知りえない。知りえても伝えられないとの言葉を残している。例えば1本の直線があったとする。これは人間の目には直線に見えるが、もしかしたら曲がっているかもしれない、よくよく拡大してみると途中で途切れているかもしれない。だから完全な直線などというものは存在せず、仮に存在したとしてもそれを認識することができないし、我々が直線として他人に伝達している「直線のようなもの」をどのように伝えればよいのかを考えると伝えることもできない。つまり、万人が認める「本当の直線」など存在しない、との相対主義が幅を利かせていたのがソフィストの時代であった。これに対してプラトンは、完全な直線が何かを知っているからこそ「これは本当の直線ではない」とみなせることに注目。実際にある直線は確かに、厳密に言えば曲がっていたり歪んでいたり幅をもっていたりして定義通りの直線ではないが、それを私達は直線とみなして数学的な命題を議論することができる。なぜならば、そこに描かれた「直線のようなもの」を通してその背後に真の直線が思い浮かべられているからだ、と主張した。このように、それ自身は実在しないが、個々の無数の個物をそれとして妥当させる大もと、つまり実物は存在せずとも万人が意味を理解している何かをプラトンは「イデア【idea】」と呼んだ(イデア論【idealism】)。例えば、美しい風景や音楽、美しい人との表現をするとき、風景と音楽、人間には共通するものなどないにも関らずそれらのどれもを我々が美しいと感じるのは、それらの背後に共通して美のイデアを見てとっているからである。美しい花はいつか枯れるが、美しさそのものが枯れるわけではない。つまり、イデアは永遠不滅なのである。だからこそプラトンは、イデアがものの真実の姿なのだと考えたのである。即ち、感覚は不完全であり正しい認識に至ることができないとし、プラトンは経験主義や相対主義のように人間の感覚や経験を基盤に据えた思想を否定したのである。

イデアは全てのものの背景に、それらをそのものたらしめるものとして実在する。しかしイデアは目に見えないため、この感覚世界(realism)に実在しているとはいえない。そこでプラトンは、この世界とは別にイデアからなる世界があると想定し、それを「イデア界」と呼んだ。プラトンは、感覚世界が感覚によって捉えられるのに対し、イデア界は魂や知性によってのみ認識できるものだと考えた。プラトンによれば、もともと人間の魂はイデア界にあり、そこから転落してこの世に生をうけ、肉体という牢獄に閉じ込められることで、我々は感覚世界にある個物を感覚を通して捉えることに慣れてしまい、魂や知性でイデアと向き合っていた記憶を忘れてしまったのだという。肉体との洞窟に閉じ込められている我々は、洞窟の壁に映る事物の影(仮像)を本物と勘違いをして生きているというのだ。そのような状態にある我々が失われた記憶を取り戻し、イデア界に戻るための魂の動きをプラトンは「エロス【eros】」に求めた。

エロスとは、広く美しいものに惹かれる衝動であり、プラトンは「より高いものや自分に欠けるものを求めてやまない衝動」と解した。イデアの認識は、いわば忘却されていたものの想起であり、この想起はかつて属していたイデアの世界を憧れ求めるところからエロスが生じると考えたのである。そこから、人間は決して現状に満足せず、常により高い理想をめがけて向上していくものだとの理想主義が帰結してくることとなる。そこからプラトンは、理想的な人間像の考察に話を進めることとなる。

一般に人間の魂は、考える働き(理性)、欲しがる心(欲望)、何かをしようとする意思(気概)の3つの部分からなる。これは日本にも「知・情・意」との表現があることからも分かるとおり洋の東西を問わず古くからある考え方である。プラトンはこれを、理性的な部分が残りの2つを統制してそれぞれがその分を守って働くことが必要と考えた。更に、このときに思慮・節制・勇気との徳が実現されるとも考えた。ただしこれだけではいくら魂が強力であってもその力を悪用する人間がでてくるため、土台となる理性の部分が善のイデアを正しく認識し、常に正義を目指して舵取りをする必要が出てくる。こうして、正義・思慮・節制・勇気との四元徳が人間の理想像として定式化されることとなる。

さらにプラトンは、各人の徳が発揮されるためには、国家社会がきちんとしていなければならないと考えた。無実の罪でこの世を去ったソクラテスの最期を見たプラトンは、多数決で全てが決定される民主主義の恐ろしさを目の当たりにしている。そのために一番大切なことは、善のイデアがなんたるかをきちんとわきまえた哲学者が支配階級に立つことであると主張をしたのである。プラトンによるこのような考察を経て、理想的な国家を実現するための「哲人政治」が提唱されることとなったのである。更にその下には防衛階層、その下に職能階層を位置づけ、それぞれに該当する徳をそれぞれ勇気と節制とした。

純粋な美そのもの、善そのもの、大そのもの、その他、すべてそのようなものがあるという前提だ。

ぼくの考えでは、もし美そのもの以外になにか美しいものがあるとすれば、それが美しいのは、かの美にあずかるからであって、ほかのいかなる原因によるのでもない。

すなわち、ものを美しくしているのは、ほかでもない、かの、美の臨在というか、共有というか、その他その関係はどのようなものであっても構わない。その点は、いまのところ、なんとも確言しないが、ただ、ぼくの断言するのは、すべての美しいものは美によって美しいということだ。

プラトンの残した名言

その他

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Copyright (C) 2007 七鍵 key@do.ai 初版:2007年10月21日 最終更新:2007年10月21日