天保暦とは

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天保暦とは

最終更新
2008-01-16T00:00:00+09:00
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http://www.7key.jp/data/koyomi/tenpoureki.html#what

天保暦は「てんぽうれき」と読み、かつて日本において使用された太陰太陽暦の暦法である和暦。日本で「旧暦」というと狭義にはこの天保暦を指す。正式名称は「天保壬寅元暦(てんぽうじんいんげんれき)で、これは過去の支那の暦法にも「天保暦」があり混同を避けるためである。天保15(1844)年にそれまでの寛政暦から改暦され、弘化元年1月1日(1844年2月18日)から使用され、明治5年12月2日(1872年12月31日)までの29年間用いられ、その後を太陽暦であるグレゴリオ暦に譲ることとなる。

天保暦は、1太陽年を365.242234日、平均朔望月を29.530588日としている。これは、実施された太陰太陽暦としてはそれまでで最も精密なものとして評価されている。それまでは、二十四節気の計算に1年間を等分する「平気法」が使用された。対して天保暦では太陽の位置を計算し、天球上の太陽の軌道を24等分して二十四節気を求める「定気法」を採用した。これは、支那の清の時憲暦に倣ったものと考えられている。ただし、定気法の採用については、置閏法(閏月の置き方)が複雑になったとの批判もある。

また、天保暦では月名と置閏の原則を改めている。それまでは、中気の全てを月名決定の指標にしていたが、天保暦ではニ至二分だけ用いて4か月を先に決定し、その間の各2か月は中気の有無や種類に関らず順番に月名を割り振るよう変更した。また、それまでは中気を含まない月を全て閏月としていたが、天保暦では中気を含む月から中気が何であるかを問わず優先して月名を配し、最終的に余った中気を含まない月を閏月とするよう変更している。ただし、この原則に基づいても月名決定が困難になる場合がある。これは「旧暦2033年問題」として知られ、2033年では、定義通りに月を割り当てると9月の次が11月になってしまう(2033年の例:旧暦八月はグレゴリオ暦で9月23日〜10月22日、旧暦11月はグレゴリオ暦で11月22日〜12月21日、その間には1朔望月しかない)。同じ問題は2147年にも起こると考えられている。

さらに、天保暦は暦面に不定時法を導入したことも大きな変化である。それまでも民間では、実際の時間の経過を無視し、日の出から日没までを六等分、夜間も六等分して「一刻」の長さを決定する不定時法を生活に用いてきた。暦の計算においては、二十四節気の間隔を決定する場合など季節の影響を受けない時間単位が必要となるにも関らず、天保暦は民間で用いている時間単位に合せようとしたのである。

天保暦の誕生と歴史

寛政の改暦後、高橋至時やその長男・高橋景保、次男・渋川景佑(高橋景佑:渋川家に養子)らによって、惑星を含めた暦計算理論『ラランデ暦書』の訳本『新巧暦書』が完成。それまでは、西洋天文学の成果を取り入れるといっても『天経或問』や『暦象考成後編』などの漢訳書に基づいているに過ぎなかった。それが初めて、洋書(フランス語の原書をオランダ語に翻訳したもの)を直接研究する機会を得ることとなる。同じ頃、幕府天文方に属する山路諧孝もまた、オランダの暦書の訳本『西暦新編』を完成させた。完成までの間、高橋景保がシーボルト事件に巻き込まれて獄死、高橋家が断絶するなどのトラブルにも見舞われたが、天保12(1841)年、渋川景佑に『新巧暦書』と『西暦新編』を用いて改暦を進めるよう命が下り、これを受けて天保の改暦が行われた。この結果、幕府天文方は天文と暦学のみならず、翻訳とそれに付随する蘭学の広い分野に精通する組織となり、京の土御門家はもはやこれに対抗する力を持ち得なかった。なお、明治維新の際、陰陽頭・土御門晴雄が太陽暦導入に反対して太陰太陽暦に基づく改暦を企てたが、明治2年に晴雄が急逝して計画が中止されたために、天保暦が日本における最後の太陰太陽暦となった。

ただし、グレゴリオ暦導入後も明治政府の公認で発行された官暦にはしばらくの間、天保暦に基づく「旧暦」が併記されていた。この間に、朔や節気の時刻を計算する際に用いる時刻制を、京都で太陽が南中したときを正午とする真太陽時から東京の地方標準時に変更し、更に明治二十一年暦から、明石の子午線を基準とした平均太陽時に変更された。やがて、明治四十二年暦をもって、官製の暦から「旧暦」が消えることとなる。現在、「旧暦」として太陰太陽暦が暦書やカレンダーなどに記載されているが、これは現代天文学による月と太陽の動きから朔と二十四節気を計算し、置閏法のみ天保暦と同じにしたものであるため、厳密には天保暦ではない。

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Copyright (C) 2008 七鍵 key@do.ai 初版:2008年01月16日 最終更新:2008年01月16日