第42番札所 一
山佛木寺
一
山佛木寺の基本情報
- 最終更新
- 2007-05-21T00:00:00+09:00
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https://www.7key.jp/data/shikoku88/s42_butsumokuzi.html#basic
- 正式名称と通称
- 一
山毘廬舎那院仏木寺(いっかざん ぶつもくじ)/通称:大日さん
- 本尊と宗派、開基
- 大日如来 / 真言宗御室派 / 弘法大師
- 真言
- オン アビラウンケン バザラダトバン
- 御姿
-
- 御詠歌
- 唱え奉る 四国霊場 第42番 一
山 仏木寺 の御詠歌に
- 草も木も仏になれる佛木寺 なお頼もしき鬼畜人天(くさもきも ほとけになれる ぶつもくじ なほたのもしき きちくにんてん)
- 所在地と電話番号
- 〒798-1102:愛媛県宇和島市三間町1683(0895-58-2216)
- 前札所と次札所
- 前札所:第41番札所 竜光寺(2.8km)/次札所:第43番札所 明石寺(10.8km)
- 交通と駐車場
- 徒歩:龍光寺→石が鼻→仏木寺
- 龍光寺から徒歩8分、宇和島バス成妙行:森ケ鼻→仏木寺前(9分)
- JR予讃線宇和島駅下車。成妙行きバス40分(仏木寺前下車)。徒歩1分。
- 駐車場:無料(15台:境内まですぐ)
- 宿泊
- 宿坊なし
一
山佛木寺のその他情報
- 最終更新
- 2007-12-30T13:05:00+09:00
- この記事のURI参照
https://www.7key.jp/data/shikoku88/s42_butsumokuzi.html#other
歴史と謂れ
大同2年(807年)、この地を巡錫していた弘法大師は牛を引いて歩く老人に出会った。大師は老人に勧められて牛の背中に乗せてもらい、しばらく行くと楠の大木に宝珠が引っ掛かって光を放っているのを見つけた。この宝珠は大師が唐を訪れたときに恵果阿闇梨から拝受し、有縁の地を選ばれるようにと三鈷とともに東へ向けて投げた宝珠であった。大師はこの地が霊地であると悟り、その楠で大日如来を刻んで宝珠を眉間に納めて本尊とし、堂宇を建立し開基したといわれる。その後「お大日さん」として牛馬安全の守り仏して信仰をあつめた。宗尊親王の護持仏や西園寺氏の祈祷ならびに菩提所となったこともあり、慶安以降は藩主の保護によって伽藍は再建された。本堂は享保13年(1728年)に、浅野内匠頭と共に饗応役を務めた吉田藩主伊達若狭守が建てたもの。
堂塔
仁王門があり、石段を登ると鐘楼、左の奥まったところに本堂、大師堂がある。本堂左手にはかつての通夜堂がある。
その他
行事
毎年、旧暦6月の土用の丑の日と二の丑には、人や牛馬の厄を瓜に封じ込めて川に流す「瓜封じ」が行われている。持参した瓜を渡すと1か所穴を開けて祈祷をし、その穴に札を詰めて大豆でふたをしたものを受け取り、これを床の間や仏壇に置く。体の悪い部分を撫でながら祈りを唱え、腐りそうになると木の根元に埋めるという農村ならでは行事。
その他の情報
- 「正和4年(1315年)十月五日開眼」という胎内銘入りの弘法大師像があり、胎内銘入りの大師像としては日本最古とされている。檜の寄木造り。
- 牛馬家畜の護り仏としても信仰を集めているほか、疱瘡除けの御利益もあるといわれている。近年では、飼っていたペットの霊の供養に訪れる人も多い。
- 仏木寺には、霊場の中でも珍しい茅葺き屋根の鐘楼堂がある。元禄年間(1688〜1704年)に再建されたといわれている。
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Copyright (C) 2007 七鍵 key@do.ai 初版:2007年05月21日 最終更新:2007年12月30日