同神嘗祭

広告

広告

同神嘗祭の祝詞

最終更新
2009-04-13T15:43:13+09:00
この記事のURI参照
https://www.7key.jp/data/thought/shintou/norito/onaziku_kannie.html.html#source

同神嘗祭の祝詞は、9月17日の皇大神宮における神嘗祭の奉幣の際に、奉幣使の奉幣祝詞の後、大神宮の宮司が皇大神宮の神前にて神主部物忌等に天皇の勅命を奉じて神祭る旨を述べ聞かせるものである。大神宮司の奏する六月月次祭祝詞と同様、奉幣のみならず祈願の旨も鄭重に述べられている。

尚この祝詞は、一部の語句を換えて豊受大神宮に奏する際にも用いられた。

同神嘗祭

度會乃宇治能五十鈴乃川上尓大宮柱太敷立氐、高天原尓千木高知天、稱辭竟奉留天照坐皇大神乃大前尓、申進留天津祝詞乃太祝詞乎、神主部・物忌等諸聞食止宣――禰宜・内人等共稱唯――、

天皇我御命尓坐、御寿乎手長乃御寿止、湯津如磐村常磐堅磐尓、伊賀志御世尓幸倍給比、阿禮坐皇子等乎毛恵給比、百官人等天下四方國乃百姓尓至萬天、長平久護恵美幸比給止、三郡・國國・處處寄奉礼留神戸人等能、常毛進留由紀能御酒・御贄、懸税千税餘五百税乎、如横山久置足成天、大中臣太玉串尓隱侍天、今年九月十七日朝日豐榮登尓、天津祝詞乃太祝詞辭乎稱申事乎、神主部・物忌等諸聞食止宣――禰宜・内人等共稱唯――、

荒祭宮・月讀宮尓毛、如此久申進止宣――神主部共稱唯――、

同神嘗祭

度會(わたらひ)の宇治(うぢ)の五十鈴(いすず)の川上(かはかみ)に大宮柱(おおみやばしら)太(ふと)敷(し)き立(た)て、 高天原(たかまのはら)に千木(ちぎ)高(たか)知(し)りて、稱辭竟(たたへごとを)へ奉(まつ)る天照坐皇大神(あまてらしますすめおほみかみ)の大前(おほまへ)に、申(まを)し進(たてまつ)る天津(あまつ)祝詞(のりと)の太(ふと)祝詞(のりと)を、 神主部(かむぬしべ)・物忌(ものいみ)等諸(どももろもろ)聞(き)き食(たま)へと宣(のたま)ふ――禰宜(ねぎ)・内人(うちんど)等(ども)共(とも)に唯(おお)と稱(まを)せ――、

天皇(すめら)が御命(おほみこと)に坐(ま)せ、御寿(おほみいのち)を手長(たなが)の御寿(おほみいのち)と、湯津(ゆつ)磐村(いはむら)の如(ごと)く常磐(ときは)に堅磐(かきは)に、 伊賀志(いかし)御世(みよ)に幸(さきは)へ給(たま)ひ、阿禮(あれ)坐(ま)す皇子(みこ)等(たち)をも恵(めぐ)み給(たま)ひ、百官人(もものつかさのひと)等(ども)、天下(あめのした)四方國(よものくに)の百姓(おほみたから)に至(いた)るまで、 長(なが)く平(たひら)けく護(まも)り恵(めぐ)み幸(さきは)ひ給(たま)へと、三郡(みつのこほり)・國國(くにぐに)・處處(ところどころ)に寄(よ)せ奉(まつ)れる神戸(かむべ)の人(ひと)等(ども)の、 常(つね)も進(たてまつ)る由紀(ゆき)の御酒(おほみき)・御贄(おほにへ)、懸税(かけぢから)千税(ちぢから)餘(あまり)五百税(いほぢから)を、横山(よこやま)の如(ごと)く置(お)き足(た)らはし成(な)して、 大中臣(おほなかとみ)太(ふと)玉串(たまぐし)に隱(かく)り侍(はべ)りて、今年(ことし)の九月(ながつき)の十七日(とをかまりなのか)の、朝日(あさひ)の豐榮登(とよさかのぼり)に、 天津(あまつ)祝詞(のりと)の太(ふと)祝詞(のりと)辭(ごと)を稱(たた)へ申(まを)す事(こと)を、神主部(かむぬしべ)・物忌(ものいみ)等(ども)諸(もろもろ)聞(き)き食(たま)へと宣(のたま)ふ――禰宜(ねぎ)・内人(うちんど)等(ども)共(とも)に唯(おお)と稱(まを)せ――、

荒祭宮(あらまつりのみや)・月讀宮(つきよみのみや)にも、如此(か)く申(まを)して進(たてまつ)れと宣(のたま)ふ――神主部(かむぬしべ)共(とも)に唯(おお)と稱(まを)せ――、

広告

Copyright (C) 2009 七鍵 key@do.ai 初版:2009年04月13日 最終更新:2009年04月13日