大門祭

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大門祭とは

最終更新
2009-02-15T17:19:28+09:00
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大門祭とは、「みかどほがい」と読み、神道における祭礼のひとつ。6月と12月のそれぞれ12日に、大殿祭に付属して行われる祭礼である。『古語拾遺』の第四に、凡て神殿を造り奉るは、(中略)造り畢りて後、斎部や殿祭し、及門祭し、訖りて、乃ち御座せまつることなり、とあるように、大殿祭と大門祭は常に同時に行われるものであった。大門祭に限っていえば、皇居の門に入ってくる邪神を払う目的がある。

大門祭の祝詞

最終更新
2009-02-15T17:38:49+09:00
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大殿祭祝詞の辞別といえるもので、冒頭の詞もない。

大門祭

櫛磐牖・豐磐牖命登御名乎申事波、四方内外御門尓、如湯津磐村久塞坐氐、四方四角與利疎備荒備來武、天能麻我都比登云神乃言武悪事尓、――古語云麻我許登、――相麻自許利、相口會賜事無久、自上往波上護利、自下往波下護利、待防掃却言排坐氐、朝波開門、夕波閉門氐、參入罷出人名乎問處知志、咎・過在乎波、神直備・大直備尓見直聞直坐氐、平良氣久安良氣久令奉仕賜故尓、豐磐牖命・櫛磐牖命登、御名乎稱辭竟奉久登白、

大門祭

櫛磐牖(くしいはまど)・豐磐牖命(とよいはまどのみこと)と御名(みな)を申(まを)す事(こと)は、四方(よも)の内外(うちと)の御門(みかど)に、湯津(ゆつ)磐村(いはむら)の如(ごと)く塞(さや)り坐(ま)して、四方(よも)四角(よすみ)より疎(うと)び荒(あら)び來(こ)む天能麻我都比(あめのまがつひ)と云(い)ふ神(かみ)の言(い)はむ悪事(まがごと)に、 ――古語(こご)に麻我許登(まがこと)と云(い)ふ、――相麻自許利(あひまじこり)、相口會(あひくちあ)へ賜(たま)ふ事無(ことな)く、上(うへ)より往(ゆ)かば上(うへ)を護(まも)り、下(した)より往(ゆ)かば下(した)を護(まも)り、 待(ま)ち防(ふせ)ぎ掃(はら)ひ却(や)り、言(い)ひ排(そ)け坐(ま)して、朝(あした)には門(かど)を開(ひら)き、夕(ゆふべ)には門(かど)を閉(た)てて、參(まゐ)入(い)り罷出(まかづ)る人(ひと)の名(な)を問(と)ひ知(しら)し、 咎(とが)・過(あやまち)在(あ)らむをば、神直備(かむなほび)・大直備(おほなおび)に見直(みなほ)し聞(き)き直(なほ)し坐(ま)して、平(たひら)けく安(やすら)けく仕(つか)へ奉(まつ)らしめ賜(たま)ふが故(ゆゑ)に、豐磐牖命(とよいはまどのみこと)・櫛磐牖命(くしいはまどのみこと)と、御名(みな)を稱辭竟(たたへごとを)へ奉(まつ)らくと白(まを)す、

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Copyright (C) 2009 七鍵 key@do.ai 初版:2009年02月15日 最終更新:2009年02月15日