道饗祭

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道饗祭とは

最終更新
2009-03-20T14:17:40+09:00
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道饗祭とは、「みちあえのまつり」と読み、神道における祭祀のひとつ。『延喜式四時祭式』(『延喜式』巻第一)の六月祭条の末尾に、「道饗祭 於京城四隅祭、」とある中祀で、六月と十二月の晦日の大祓の後に、鎮火祭と同時に京城(京域)の四方の大路の最端にて、卜部氏が八衢比古・八衢比賣・久那斗の三神を斎き祭り、京城の守護を祈願する祭りである。『神祗令義解』の道饗祭条の注釈には、卜部等京城の四隅の道の上に於て祭る、言ふは、鬼魅の外より来る者をして、敢へて京師に入れざらしめむと欲す、故に預て道に迎へて饗しとどむるなり、とあり、この祭りは災禍をもたらす鬼魅を路上にて饗応して入京を防ぐものとしている。これにより、京における災禍の予防・防御・防衛を目的とした祭りとされ、卜部氏が所管し、供饌には獣皮が用いられる。

道饗祭の祝詞

最終更新
2009-03-20T14:53:43+09:00
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この祝詞は、卜部氏が鬼魅の入京を防いでくれる八衢比古・八衢比賣・久那斗の三神に直接奏する形式の祝詞である。

道饗祭

高天之原事始、皇御孫之命稱辭竟奉、大八衢湯津磐村之如塞坐皇神等之前、八衢比古・八衢比賣・久那斗御名者申、辭竟奉、根國底國來物、相率・相口會事無、下行者下、上往者上、夜之守・日之守守奉齋奉、進幣帛者明妙・照妙・和妙・荒妙備奉、御酒者瓺辺高知、瓺腹滿雙、汁、 山野住物者、毛和物・毛荒物、青海原住物者、鰭廣物・鰭狭物、奧津海菜・邊津海菜、横山之如置處足、進宇豆幣帛、平聞食、八衢湯津磐村之如塞坐、皇御孫命堅磐常磐齋奉、茂御世奉給申、

又親王・王等・臣等・百官人等、天下公民、平齋給、神官天津祝詞太祝詞事、稱辭竟奉申、

道饗祭

高天之原たかまのはら事始ことはじめて、皇御孫之命すめみまのみこと稱辭竟たたへごとをまつる、大八衢おほやちまた湯津ゆつ磐村いはむらごとさや皇神すめがみたちまへまをさく、 八衢比古やちまたひこ八衢比賣やちまたひめ久那斗くなど御名みなまをして、辭竟ことをまつらくは、根國底國ねのくにそこのくによりあらうとものに、相率あひまじこり・相口會あひくちあことくて、 したよりかばしたまもり、うへよりかばうへまもり、まもりまもりまもまついはまつれと、 たてまつ幣帛みてぐらは、明妙あかるたへ照妙てるたへ和妙にぎたへ荒妙あらたへそなまつり、御酒みき瓺辺高みかのへたかり、瓺腹滿みかのはらみならべて、 しるにもかひにも、山野やまのものは、和物にごもの荒物あらもの青海原あをうなばらものは、はた廣物ひろものはた狭物さもの奧津おきつ海菜もは邊津へつ海菜もはいたるまでに、横山よこやまごとらはして、たてまつ宇豆うづ幣帛みてぐらたひらけくきこして、 八衢やちまた湯津ゆつ磐村いはむらごとさやして、皇御孫命すめみまのみこと堅磐かきは常磐ときはいはまつり、茂御世いかしみよさきはまつたまへとまをす、

また親王みこたち王等おほきみたち臣等まへつぎみたち百官人等もものつかさのひとども天下あめのした公民おほみたからいたるまでに、たひらけくいはたまへと、 神官かむづかさ天津あまつ祝詞のりと太祝詞事ふとのりとごともちて、稱辭竟たたへごとをまつらくとまをす、

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Copyright (C) 2009 七鍵 key@do.ai 初版:2009年03月20日 最終更新:2009年03月20日