鎮火祭

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鎮火祭とは

最終更新
2009-03-20T11:51:19+09:00
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鎮火祭とは、「ほしづめのまつり」と読み、神道における祭祀のひとつ。『延喜式四時祭式』(『延喜式』巻第一)の六月祭条に、「鎮火祭 於宮城四隅祭、」とある中祀で、六月と十二月の晦日の大祓の後に、火災を防ぐため、宮城(皇居)の四隅の路上において行われる。『神祗令義解』の鎮火祭条の注釈には、宮城四方の外角に在り、卜部等火を鑽りて祭る、火災を防がむ為なり、故に鎮火と曰ふ、とある。

鎮火祭の祝詞

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2009-03-20T13:19:11+09:00
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この祝詞は、卜部氏が祭りの対象となる火の神(火結神)に、直接奏上する体裁の祝詞であり、伊佐奈美命が火結神とこれを鎮めるべき神を産んだことを述べ、後半では奉幣のことを述べて結んでいる。

鎮火祭

高天原神留坐、皇親神漏義・神漏美命持、皇御孫命、豐葦原水穂國、安國處知食、天下處寄奉、事寄奉天都詞太詞事、 神伊佐奈伎・伊佐奈美命、妹妋二柱嫁繼給、國八十國・嶋八十嶋生給、八百萬神等生給、麻奈弟子火結神生給、美保止被燒、石隱坐、夜七夜・晝七日、吾見給、吾奈妋申給、此七日不足、 隱坐事奇、見處行時、火生給、御保止處燒坐、如是時、吾名妋、吾見給、吾見阿波多志給申給、 吾名妋上津國處知食、吾下津國處知、石隱給、与美津枚坂至坐處思食、吾名妋命處知食上津國、 心惡子生置、返坐、更生子、水神・匏・川菜・埴山姫、四種物生給、此心惡子心荒、水神匏・埴山姫川菜鎭奉、事教悟給、 依此稱辭竟奉者、皇御孫朝庭御心一速、進物明妙・照妙・和妙・荒妙・五色物備奉、青海原住物者、鰭廣物・鰭狭物、奧津海菜・邊津海菜、御酒者瓺辺高知、瓺腹滿雙、和稲・荒稲、如横山置高成、天津祝詞太祝詞事以、稱辭竟奉申、

鎮火祭

高天原たかまのはら神留かむづます、皇親神漏義すめむつかむろぎ神漏美かむろみみことちて、皇御孫命すめみまのみことは、とよ葦原あしはら水穂國みづほのくにを、安國やすくにたひらけくしろせと、 天下あめのしたさしまつりしときに、事寄ことよさしまつりし天都詞あまつのりとの太詞事ふとのりとごともちまをさく、 かむ伊佐奈伎いざなぎ伊佐奈美いざなみみこと妹妋いもせ二柱ふたはしら嫁繼とつたまひて、くに八十國やそくにしま八十嶋やそしまたまひ、 八百萬神やほよろづのかみたちたまひて、麻奈まな弟子おとご火結神ほむすびのかみたまひて、美保止みほとかえて、石隱いはがくして、七夜ななよ七日なぬかをな見給みたまひそ、奈妋なせみことまをたまひき、七日なぬかにはらずて、かく事奇ことあやしとて、そなはすときに、たまひて、 御保みほかえしき、如是かせときに、名妋なせみことの、見給みたまふなとまをすを、見阿みあ波多はたたまひつとまをたまひて、 名妋なせみこと上津國うはつくにしろすべし、下津國したつくにらむとまをして、石隱いはがくたまひて、与美津枚坂よみつひらさかいたしておもほさく、 名妋なせみことしろ上津国うはつくにに、心惡こころあしききてぬとのたまひて、かへして、さらみこみたまふ、 水神みづのかみひさご川菜かはな埴山姫はにやまひめ四種よくさものたまひて、こころしき心荒こころあらびるは、水神匏みづのかみひさご埴山姫はにやまひめ川菜かはなちてしづまつれと、事教ことをしさとたまひき、 これりて稱辭竟たたへごとをまつらば、皇御孫すめみま朝庭みかど御心みこころ一速いちはやたまはじとて、たてまつものは、明妙あかるたへ照妙てるたへ和妙にぎたへ荒妙あらたへ五色物いついろのものそなまつりて、 青海原あをうなばらものは、鰭廣物はたのひろもの鰭狭物はたのさもの奧津おきつ海菜もは邊津へつ海菜もはいたるまでに、御酒みき瓺辺高みかのへたかり、みかの腹滿はらみならべて、 和稲にぎしね荒稲あらしねいたるまでに、横山よこやまごと高成たかなして、天津あまつ祝詞のりとふと祝詞事のりとごともちて、稱辭竟たたへごとをまつらくとまをす、

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Copyright (C) 2009 七鍵 key@do.ai 初版:2009年03月20日 最終更新:2009年03月20日