久度・古関

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久度・古関とは

最終更新
2009-02-14T22:56:46+09:00
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久度・古関とは、「くど・ふるせき」と読む。

久度・古関の祝詞

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2009-02-14T23:27:59+09:00
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久度古関は、今木神に遅れて大和から平野神社に勧請された久度・古関の両神に奏した祝詞で、今木神への祝詞とほどんど同文であることから、両神が合祀される際に今木神に白した祝詞を直接の手本として、若干改めて制作されたものと考えられている。平野祭の祝詞と同じく、この祝詞も直接祭神の久度・古関両神に奏するもので、奏上体形式である。

久度古関

天皇御命、久度・古關二處、供奉來皇御神廣前白給、皇御神、此處石根宮柱廣敷立、高天千木高知、天御蔭・日御蔭定奉、神主某官位姓名定、進神財、御弓・御太刀・御鏡・鈴・衣笠・御馬引並、御衣・照・和・荒備奉、四方國御調荷前取並、御酒瓺戸高知、瓺腹滿並、山野甘菜・辛菜、青海原、鰭廣物・鰭狭物、奧都毛波・邊津毛波、雜物如横山置高成、獻宇豆大幣帛處聞、天皇御世堅石常石齋奉、伊賀志御世、萬世御坐令在、稱辭竟奉申、

又申、參輯仕奉親王等・王等・臣等・百官人等、夜守・日守守給、天皇朝廷彌高彌廣、伊賀志夜具波江、立榮令仕奉給、稱辭竟奉申、

久度古関

天皇すめら御命おほみことせ、久度くど古關ふるせき二處ふたところみやにして、つかまつきたれる皇御神すめみかみ廣前ひろまへまをたまはく、皇御神すめみかみまひしまにまに、 ところそこ石根いはね宮柱廣みやばしらひろて、高天たかまはら千木ちぎたかりて、あめ御蔭みかげ御蔭みかげさだまつりて、 神主かむぬしそれの官位つかさくらゐ姓名かばねなさだめて、たてまつ神財かむたからは、御弓みとらし御太刀みはかし御鏡みかがみすず衣笠きぬがさ御馬みうまならべて、 御衣みそ明多閉あかるたへ照多閉てるたへ和多閉にぎたへ荒多閉あらたへそなまつりて、四方よもくにたてまつれる御調みつぎ荷前のさき取並とりならべて、御酒みきみかたかり、 みかはら滿ならべて、山野やまのものは、甘菜あまな辛菜からな青海原あをうなばらものは、はた廣物ひろものはた狭物さもの奧都毛波おきつもは邊津毛波へつもはいたるまで、雜物くさぐさのもの横山よこやまごと高成たかなして、たてまつ宇豆うづ大幣帛おほみてぐらたひらけくきこしめして、 天皇すめら御世みよ堅石かきは常石ときはいはまつり、伊賀志いかし御世みよさきはまつりて、萬世よろづよ御坐おほまさしめたまへと、稱辭竟たたへごとをまつらくとまをす、

又申またまをさく、參輯まゐうごなはりてつかまつ親王みこたちおほきみたちまへつぎみたち百官人もものつかさのひとどもをも、まもりまもりまもたまひて、 天皇すめら朝廷みかど禰高いやたか禰廣いやひろに、伊賀志いかし夜具やぐ波江はえごとく、たちさかえしめつかまつらしめたまへと、稱辭竟たたへごとをまつらくとまをす、

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Copyright (C) 2009 七鍵 key@do.ai 初版:2009年02月14日 最終更新:2009年02月14日