勇 - 武士道

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勇とは

最終更新
2007-04-23T00:00:00+09:00
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http://www.7key.jp/data/bushido/yuu.html#what

孔子の「義を見てせざるは勇なきなり」との言葉が有名であり、「勇」とは正しいことを敢然と実行することである。「勇」は「」によって発動されるのでなければ、徳行の中に数えられる価値がないとされた。また、死に値しないことのために死んだり、ただ闇雲に危険を冒すことなどは「勇」と呼ばず、それらは「犬死」とか「蛮勇」として蔑まされる対象となった。つまり、武士道の中では、真の勇気、大事に当たって奮い起こす勇気である「大勇」と、思慮分別なくただ血気にはやる勇気である「匹夫の勇」は明確に区別され、人が恐れるべきことと恐れるべきでないことの区別こそが「勇」とされた。しばしば、「義」を見て「勇」をまっとうするためには肉体的な強さや力も不可欠となる。そのため武士は、道徳律を高める精神的修行と同時に武術を鍛錬し、それによって更なる勇気、胆力、敢為堅忍の精神を生むことが求められたのである。「義」と「勇」を一体化させるために、文と武の一体化、つまり「文武両道」が不可欠であった。また、新渡戸稲造はその著『武士道』で、勇気の精神的側面は落ち着きである。勇気は心の穏やかな平静さによって表される。平静さとは、静止の状態における勇気である。とし、破滅的な事態のさなかでも心の平静さを保っている。地震にもあわてることなく、嵐に向かって笑う。勇気と名誉はともに価値ある人物のみを平時に友とし、戦時においてはそのような人物のみを敵とすべきことを要求しているのである。としている。つまり、真に勇敢な人は常に落ち着いていて、決して驚き慌てず、何ものによっても心の落ち着きが乱されることがない。武士達はそのような人物を真に偉大な人物として賞賛するものである。次のような逸話が史実として信じられている。

江戸城を築いた太田道灌が刺客に槍で刺された際、道灌が詩歌を好むことを承知していた刺客が次のような上の句を詠んだ。

「かかる時さこそ命の惜しからめ」

息途絶えようとしていた道灌は脇腹に受けた致命傷に全くひるまず、次の下の句を添えたと言われている。

「かねて無き身と思いしらずば」

勇の定義

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Copyright (C) 2007 七鍵 key@do.ai 初版:2007年04月23日 最終更新:2007年04月23日