2010年5月上旬

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2010年5月5日

更新履歴――七鍵

最終更新
2010-05-05T19:08:59+09:00
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碌碌雜志以外の全てのページに、「七鍵」をイメージした背景画像を設定した。上手に描けたでしょ?

ついでに。サイト全体の見た目――スタイル――に、多少手をくわえた。最も目につくと思われる変更点は、見出しごとに挿入していた区切り線を消したこと。また、見出しごとの区切り線を消したことにより、段落のまとまりが判りづらくなったような気がしたため、見出しの余白の量に手を加えた。横棒だらけだったページが少しすっきりしたと思うのだが、どうだろう。読みやすくなっていると良いな。

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2010年5月4日

読書感想文――播磨灘物語

最終更新
2010-05-04T07:58:16+09:00
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司馬遼太郎の『播磨灘物語』を読了、四巻組み。戦国時代の智将、黒田官兵衛孝高を中心に描かれた時代小説。黒田家が備前福岡に流れ着く過程から話は始り、播州平定、備中高松城の戦い、山崎の戦いでの黒田官兵衛の活躍に話の重点が置かれている。晩年、彼は隠居して「如水」との号をつけている。官兵衛が、どのような感慨から自らに「如水」との号をつけたのか、現代に生きる我々が計り知ることは難しい。一説には、「水は方円の器に随ふ」とか「身は褒貶毀誉の間に在りと雖も、心は水の如く清し」との古語を典拠にしていると言われている。どちらにせよ、官兵衛の名が同時代にも後世にも、「如水」の名で知られていることからみて、よほど黒田官兵衛孝高との人物に相応しい号であったに違いない。

当作品から、気になった行を二つ。一つ目は、理屈などというものは単独で存在するものでなく、感情の裏打ちがあってはじめて現実化する。というより、理屈など、感情によってときに白から黒へでも変化するものに相違ない。あと一つは、物を考えるのはすべて頭脳であるとされるのは極端な迷信かもしれない。むしろ人間の感受性であることのほうが、割合としては大きいであろう。人によっては、感受性が日常知能の代用をし、そのほうが、頭脳で物事をとらえるより誤りがすくないということがありうる。理屈と感情の関係をうまく表現した行。別々の章から抜粋、興味のある方はどこで登場した行かを探してみるとよい。司馬遼太郎は、理屈を、感情の裏打ちがあってはじめて現実化するものと定義している。いや、私の理屈に対する定義を押し付けることのできる行を見つけて紹介しているだけなので、司馬遼太郎がどういった定義でこれらの行を書いたかは不明。早いはなし、理屈とは言いわけにすぎない。感情や感受性によって物事の方針が決り、その方針を自他に納得させるための方便として用いられるものが理屈である。当然、自他からの反駁に強い耐性をもつ理屈はあり得る。が、その起点になったものが個人の感情や感受性であることを念頭におかなければ、ものごとの本質を見誤ることになる。

2010年5月3日

近況――松山市

最終更新
2010-05-03T19:22:53+09:00
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Copyright (C) 2010 七鍵 key@do.ai 初版:2010年05月03日