2009年4月中旬

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2009年4月19日

更新履歴――遷却崇神詞

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2009-04-19T17:10:55+09:00
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2009年4月18日

更新履歴――出師表

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2009-04-15T21:06:46+09:00
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日本語

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2009-04-18T23:32:53+09:00
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「承る」との日本語は、「謹んで受ける」との意味と「謹んで聞く」との意味をもつ。ほとんどの場合、文脈からその意味を伺ふことができるが、それでもどちらの意味か確かめなければ判らない場合も少からずある。そのやうなことを考へ出すと、不用意に「承りました」などと應へられなくなる。日本語とは本當に難しい。

2009年4月15日

生姜

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2009-04-15T21:06:46+09:00
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私の家には、生姜のたくはへがチューブで三本ある。先日一本が無くなり、本日一本買つてきた、結果三本。三本目の生姜チューブ買つた理由は、本日の酒の肴にとほたるイカを買はうとし、麺つゆと生姜に浸して食べようと調理法を思案してゐたところ、さういへば先日チューブが一本無くなつたとの記憶がよみがへつたため。決して常に三本の備蓄を心がけてゐるわけではなく、既に二本備蓄してゐることを、なぜか常に忘れてしまふため、常時三本の生姜チューブが備蓄される。生姜はよく使ふが、使ふ量からいふと決してそこまで――三本もの備蓄が必要なほど――貯へておく必要はない。しかし、ほたるイカは美味い。見た目が少しグロテスクなので、寫眞は割愛。

教育

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2009-04-15T22:16:08+09:00
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教育をすること自體が、子どもをいぢくり囘し、子どもを大人や教育者の玩具としてゐるに過ぎない、私はさう考へる。子どもに必要なのは訓煉であり、子どもに教育を與へ得ると考へること自體が、大人や教育者の思ひあがりである。單なる言葉遊びと考へず、私が言はんとしてゐることを讀み取つて慾しい。私は何も、言葉の端をつまみあげて遊んでゐるわけではない。訓煉とは、子どもが厭がることを無理矢理にでも體驗させることであり、教育とは教育者の小さな目的の中にその對象を閉ぢこめるといふ點で異なると、私は語を使ひわけてゐる――教育者の意圖の有る無しで、教育と訓煉との語を使ひわけてゐる。

「教育」で子どもに身につけさせることができるのは、技術か知識か、精々その兩方に過ぎない。前もつて斷つておくと、私は何もそれらを輕視してゐるわけではない、むしろそれらの方が重要――「教育」爲し得るのはそれらしかない――だと考へてゐる。が、教育者逹はそれら以上のことを目的としようとしてゐるふしがある。それら以上のものを身につけるためには、如何に教育が無力であるかといふことを、教育者逹は先ず知らなければならない。子どもは、好くも惡くも、教育者逹が教へようとしなかつた部分から、それら以上のことを學ぶ。むしろ子どもは、抑壓の中以上に何かを學ぶことはなく、少くとも、教育者の利己心から學ぶ點など何も無い。子どもに何か――技術や知識以上の何か――を教へ得ると考へること自體、自身の利己心だと先ずは氣がつかなければならない。

2009年4月13日

更新履歴――九月神嘗祭他

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2009-04-11T17:19:58+09:00
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東京都廳

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2009-04-13T17:03:40+09:00
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東京都庁

今更ながら、運轉免許證の住所變更を行ふため、都廳に行つて來た。都廳に入つたのは本日が始めて、滯在時間は十分程度。長くゐたい場所ではないが、もう少しだけ長くゐたかつた。特に用事がなかつたため、手續きが終り次第すぐに離れたけれども。

憲法

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2009-04-13T18:59:52+09:00
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憲法について思ふところを書かうとしたのだが、「先ずは民主主義を否定しなければ、現行憲法を改正することができない」との結論に至つたため、自重、削除。改正も何も、基本原則をぶち壊すといふことは、それだけで根なし草の・ぽつと出の憲法ができあがりかねない。そもそも私は憲法について、人並みに知識があるわけではない、一か所に手を入れたら全文改正しなければならなくなつたなんて笑ひ話にもならない。

2009年4月11日

更新履歴――憲法十七條他

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2009-04-11T17:19:58+09:00
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日本國憲法をめぐつては、九條に限らず、現在でもその解釋の違ひによつて違憲だ合憲だとの國内紛爭が起る。輸入してさも日本語らしく表記した單語を使ひ續けてゐるからそのやうな紛爭が起きるのであつて、解釋の違ひなど起こり得ないほど全ての單語を定義すれば良い。日本國憲法でいふ自由とは、といつた具合に。文面ももつと判り易く記載し直した方が良いだらう。きつとさうすると、避けられない現實の壁にあたる條項も出てくるのではなからうか、そのときは改憲案を出せば良い。曖昧なまゝの憲法を使ひ續けるよりはよほど良い。日本人はいつまで無駄なことを續けるのだらうか。

Copyright (C) 2009 七鍵 key@do.ai 初版:2009年04月11日