2009年3月下旬

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今日は何の日(Javascriptを使用しています)。

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2009年3月31日

明日から四月

最終更新
2009-03-31T11:28:53+09:00
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三月も、氣づけばもう終りです。終つてみれば、結果でしかないのだが、時間とはたゞ過ぎ去つて行くやうなものに感じるのだから、何とも不思議なものだ。

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2009年3月28日

本日の名言――言葉

最終更新
2009-03-28T19:33:03+09:00
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彼等はおのれの非を覆うためにのみ思想を用いる。そして彼等の思想を隠すためにのみ言葉を用いる。

言葉は、心を隱す役割しか擔はない。故に、對話に言葉は必要ない。心と心を通はせるために言葉を用ゐると、生れるのは喜劇か悲劇のどちらかである。

2009年3月22日

更新履歴(浅草寺他)

最終更新
2009-03-22T15:42:12+09:00
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淺草寺には、人ごみを避けるために早朝から參拜。おかげで、普段見られない閑散とした淺草寺境内を滿喫できた。人のゐない雷門や仲見世の寫眞は、珍しいのではないだらうか。六時半からは朝の勤行が始つたため、せつかくなので本堂の外陣に坐らせていたゞいた。お寺を訪れた際、特に禁じられていない限り外陣にお邪魔することは多いが、お勤めを通して坐つてゐたことはなかつたため、痺れた足をほぐすためにかなりの時間を要した。本堂は改修中であり、完成は平成二十二年の十一月とのこと。本堂の寫眞が撮れなかつたのは少し殘念だ――足場やら網だらけの寫眞は、リンク先の通り。

慈光寺は、JR明覚驛からバスで十分程度で麓に着き、そこから歩いて十五分ほどで境内に到る埼玉縣ときがわ町に位置するお寺。般若心經がいたるところに掲げられ、お寶がこれ見よがしに點在し、それよりも何よりも珍しいと感じたのは、納經を本堂内で受けてゐたところ。今までにいたゞいた朱印も百を超えたが、納經のために本堂内に招かれたのは初めてだつた。ちなみに、觀音堂はまた別の堂となつてゐる。だから、本堂ではなく本坊なのか、よく解らない。

慈光寺からの歸り道、次のバスまで一時間以上待たなければならなかつたため、三秒ほど熟考した後、歩いて明覚驛まで歸ることを決意。疲れたら途中のバス停でバスを待てば良い、との輕い考へで歩き始めたのだが、どこまで行つてもバス停がない。往路で十ほどバス停の名前を車内放送してゐたため、少し歩けばすぐに辿り着くと思つたのだが、降車專用なのか一見樣お斷りな乘車口なのか、私の目には私の常識がバス停と判斷する容の物體を見つけることはできなかつた――歩いて一時間ほどしてある程度開けた場所には、それが轉がつてゐたが。お蔭さまで一時間半ほど歩く羽目となつた。

ちなみに、歸る途中の少し遅い晝食に、以前から目をつけてゐた石神井公園の井の庄を訪れ、カップラーメンにもなつてゐた「辛辛魚」を食べた。あのスープは、麺を入れるよりもご飯にかけてカレーとして出した方が賣れるのではないか、そのやうなことを思つた。

Copyright (C) 2009 七鍵 key@do.ai 初版:2009年03月22日