2009年2月上旬

広告

今日は何の日(Javascriptを使用しています)。

広告

2009年2月9日

返り討ち

最終更新
2009-02-09T20:06:28+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_09_01
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_09_01

じゃがバターに牡蠣を入れたものが、今晩の晩ご飯。が、これは不味い。そもそも、見た目がグロテスクなので寫眞を割愛。味もグロテスクなので、感想も割愛。おジャガと牡蠣、お互ひがお互ひの味を邪魔しあつてゐる、この上なく酷い組み合はせ。今日は體調が優れないからと、好物の牡蠣を買ひ、晩ご飯で英氣を養はうと思つてゐたのが、見事に返り討ち。日記を書いてゐると氣持ちが惡くなつてきた。

日本語

最終更新
2009-02-09T20:12:28+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_09_02
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_09_02

今晩の晩ご飯とは、改めて讀み直してみれば、なんとも語呂の惡い日本語だ。「今夜のご飯」もしくは「本日の晩ご飯」あたりが諄くなくて良いのではないかな。

慘敗

最終更新
2009-02-09T20:18:55+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_09_03
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_09_03

胸がむかむかとして氣持ちが惡いのは、體調が惡い所爲なのか晩ご飯が惡かつたのか、どちらでも良いけれども、結果としては慘敗。

広告

2009年2月8日

本日の名言――心一つ

最終更新
2009-02-08T03:51:48+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_08_01
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_08_01

小さなことが小さなことでない。大きなことが大きなことでない。それは心一つだ。

結果一つで、救はれることもあれば奈落に落ちることもある。これは、決して、自己の中だけで完結する結果ではない。むしろこの結果は、自己の中だけで完結しないことの方が多いのではないか。心一つとは、何とも無責任な言ひやうではないか。

2009年2月4日

本日の名言――美

最終更新
2009-02-04T21:36:30+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_04_01
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_04_01

芸術とは、自然が人間に映ったものです。大事なことは、鏡をみがくことです。

また、ロダンはかうもいふ。芸術に独創はいらない。生命が要る。と。さらに、小林秀雄は「美」に對し、芸術とは鑑賞するものではない。共に生き、共に語らう人生の友である。と言つてゐる。藝術家のかういつた態度と、それを樂しむその態度は、正しいものである。藝術家が自身の鏡を磨くことによつて、その者が作る藝術までもが洗煉されるとは思へない。が、藝術家の鏡の磨き方は、そのまゝその者が創る藝術に現れるものである。たゞし。鑑賞する者は、そのやうなことにまで氣をめぐらせる必要もなければ意味もない。自身が氣に入つたその藝術を、ありのまゝに、純粹に樂しめば良いだけである。頭で考へなければ解らない美など、ありがたがる必要もない。

節分(2)

最終更新
2009-02-04T22:05:51+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_04_02
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_04_02

賣れ殘つて安くなつた惠方卷を探して、昨日惠方卷を買つた店内を、再度うろうろ探し囘つたことは、できるだけ内緒にしておきたいといふ、これ以上ない欺瞞。いや、事實なのだけれどもね。内緒にしておきたといふのは、文末に困つて、取つて附けられた蛇足。半分事實である告白は、事實が一切ない告白よりも性質が惡い。バンクォーの臺詞ではないが、よくあることだが、人を邪道に引き入れるために、暗闇の手先どもが真実をいうことがある。わずかのまことで引き入れておいて、深刻な結果で裏切るために。。少し大袈裟過ぎるかな。

2009年2月3日

節分

最終更新
2009-02-03T20:43:19+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_03_01
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_03_01

節分にはこれ

本日は節分。今年の惠方は「甲」の方角、やゝ東寄りの東北東。

2009年2月1日

更新履歴(長谷寺ほか)

最終更新
2009-02-01T18:14:04+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_01_01
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_01_01

以上を更新。

雜感

最終更新
2009-02-01T18:18:50+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_01_02
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_01_02

もう、東京に住み始めて一年が經つのか。すぎてみれば早いものだ。この地を去る日がいづれ來たら、そのとき私は何を思ふのだらう。

本日の名言――實踐

最終更新
2009-02-01T21:49:43+09:00
この記事のURI參照
http://www.7key.jp/diary/2009/02a.html#rfc_01_03
この記事へのコメント及びトラックバック
http://www.7key.jp/diary/list/2009_02a_01_03

理屈屋とは、最も頭の悪い人種である。

理窟をこねることによつてその對象が變はると信じて止まないのだから、小林氏の言もまんざら間違ひとは言へないばかりではなく、むしろ眞實といへよう。大仏次郎は『赤穂浪士』にて、世間は結局理屈抜きに感情だけで動くのである。と斷じてゐるが正にその通りである。理窟屋は、理窟や評論といふ消極的な手段をもつてしかその對象に關はれぬことを、理窟をこねる前に先ずは恥ぢては如何か。行動を興した結果をもつてそれを理窟としては如何か。

Copyright (C) 2009 七鍵 key@do.ai 初版:2009年02月01日