2008年10月中旬

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今日は何の日(Javascriptを使用しています)。

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2008年10月19日

物流

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2008-10-19T13:19:49+09:00
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ちまちま作つてゐた物流用語集を公開。新規用語の追加は、更にちまちまとね。

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2008-10-19T20:52:30+09:00
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メモ。

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2008年10月18日

障害

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2008-10-18T19:45:34+09:00
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公明党は、「障害者」ということばの「害」の漢字にはマイナスのイメージが強いとして、ひらがなで「がい」と書く表記に変えるよう、政府や地方自治体に働きかけていくことになりました。

イメージで國語の表記を替へられたのではたまつたものではない。イメージが惡いと感じるのであれば自らの使用を控へれば良いだけであり、それを政府や地方自治體に働きかけることによつて、なぜ他人の使用までをも制限しなければならないのか。赤色が嫌ひだから路上で赤色の服を着てゐる人を見たくない、私にはさう聞こえる。仕舞ひに我々は身ぐるみはがされるのではないか、そのやうな蠻行を爲す者を日本語では「追ひ剥ぎ」と表現する。

話は變はるが、「障害者」ではなく「障礙者」や「障碍者」に表記を「戻す」べきだとの意見が目に入る――檢索すれば少くない量のページがヒットするので割愛――が、これは正しいのだらうか。そもそも、「障害」との表記は「碍」や「礙」を同音の「害」に置き換へて戰後に造られた語ではない。戰前から「障害」との語は存在し、戰後の書き換へによつて「障碍」や「障礙」の示す意味が「障害」に混同されただけである。ただし、戰前の「障害」や「障碍」、「障礙」いづれにも身体の器官が何らかの原因によって十分な機能を果たさないこと。また,そのような状態。との意味はなかつた。「障害」にさういつた意味が加はつたのは戰後、昭和二十四年の「身体障害者福祉法」によるものと思はれるのだが、當用漢字表が告示されたのは昭和二十一年。つまり、「身体障害者福祉法」が制定された時期は既に、「碍」や「礙」の漢字を公文書に用いることはできなかつたのである。そこから想像するに、身體の器官云々との意味は「障害」にのみ與へられたものであり、「障礙」や「障碍」にそのやうな意味があつた經緯は過去のどの時點にもないのではないか。だとすれば「戻す」との表現は誤りで、あくまでも「障害者」を「障碍者」や「障礙者」に書き換へてゐるに過ぎないのではないか。

2008年10月14日

理解

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2008-10-14T21:24:36+09:00
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我々は人を理解しようとする際に、自身の想像できる何らかの型にその對象をはめこまうとする。血液型の性格分析などその最たるものであらう、理解できないからこそ型にはめ、何とか理解した氣分にならないと不安でしやうがない。その根底には、過剩なまでの人に對する期待がありはしないか、さう振る舞ふことを強制した上での極め附けではなからうか。我々は常に、その極め附け行爲の有無に注意を拂はなければならない。特に、自身への極め附け行爲は、惡癖以外の何ものでもない。人など理解できるものではない、それは自身とて同じことだ。

反省文

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2008-10-14T21:45:55+09:00
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最近、如何考へても暴飮暴食が過ぎる。夕飯の後、更にビール、スパイシーひまはりの種、ほんのりすつぱい梅のり卷と、まあ次から次へとよく入るものだと自ら感心するくらゐ――もちろん皮肉――消えてなくなつてゐる。大事なお金を無駄な贅肉に變へる、その行爲を正當化する理窟はどこにもない。にも關らず、止められない止まらない。慾とは理窟を凌駕するほど、それほど行動的な感情なのか。

2008年10月13日

日記

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2008-10-13T18:48:22+09:00
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昨日、シェイクスピア記念館に行つた。

シェイクスピア記念館(1)

シェイクスピア記念館(2)

十三夜

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2008-10-13T21:21:00+09:00
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一昨日、十月十一日は、今年の十三夜。私は枝豆の收穫に行きました。十三夜の月を觀ながら、美味しい酒をいたゞきました。月を觀ながら、そろそろ十三日だと。判るやうになつてきました。

日記

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2008-10-13T23:31:29+09:00
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すでに起つたことは、それ以上でもそれ以下でもない。

Copyright (C) 2008 七鍵 key@do.ai 初版:2008年10月13日