2006年03月上旬

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2006年03月10日

無駄な議論考察

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2006-03-10T22:41:00+09:00
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論争で同じ事の繰返しが起ると、度々傍観者から「同じ事の繰返しは無駄だ」と云う言葉が出てくるけど、それは果して無駄な事なのかどうか……。

傍観者が感じるであらう無駄と、論争を行つてゐる当の本人の感じるであらう無駄は必ずしも一致するものでは無い。傍観者が言ふ「同じ事の繰り返しは無駄だ」は、何時までも進まない議論を眺めてゐる自身に無駄を感じてゐるのであつて、論争を行つてゐる当人達が無駄を感じてゐるか如何かは問題にしてゐないことが多い。何故ならば、論争を行つてゐる当事者達は少なくとも無駄を感じてゐない筈だからだ。そもそも無駄を当事者達が感じてゐるのであれば、そのやうな論争が続けられる筈が無い。となれば、当事者達に取つてみればその論争は無駄では無い論争なのか、若しくは無駄であるけれども当事者達が無駄だと把握できてゐないかのどちらかだらう。前者であれば傍観者の認識が誤つてゐるだけであり、「同じ事の繰り返しは無駄だ」と云ふ助言はその論争には当て嵌まらない。後者であれば、何故その論争が無駄なものなのか、無駄な論争にならないためには如何するべきであつたのか、今からどのやうに議論を運べば無駄にはならないのか等を、該当者達が考へる必要がある。考へた上でそれらの問題を解決できたのであれば、その論争は無駄ではなかつたと結論づけられるだらう。何も解決されず論争が収束してしまえば、そのやうな論争がまた繰り返されるやも知れない。それこそが同じ事の繰り返しであり、本当の無駄になるのではなからうか。

得てして「同じ事の繰り返しは無駄だ」との発言は、良くも悪くも向けられた論争を収束に運び易い。即ち、当事者達が何も得ることなく論争が終つて仕舞ふ。さう考へると、これ程無駄な発言も無いのでは無いかと思ふわけだ。

日本語の文法――ない――

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2006-03-10T23:16:00+09:00
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だつたら諦める以外に手段は無いではいか。

助動詞の「ない」は形容詞の「無い」とは別の語で、漢字では書きません。

日本語の文法に疎い私は助動詞の「ない」と形容詞の「無い」とを判別する折に、その「ナイ」を「ぬ」に置き換へて意味が通ずるか如何かで判断をしてゐる。見事「ぬ」に置き換へて意味が通ずるやうであれば、それは助動詞であり、漢字にて表記すべきでは無い、と機械的に判断を下してゐる。逆に言へば、「ぬ」に置き換へて意味が通じない「ナイ」は全て形容詞と判断をし、全て漢字にて表記をしてゐた。

さて、ここで真名垣氏から指摘頂いてゐる「ナイ」は、何故助動詞となるのだらうか。今の私の知識では、私に誤りは無いと云ふことになるが、十中八九それは有り得ない。そこで、WWWにて日本語の文法を学習した結果、次のページに辿り着いた。

形容詞は自立語なのでその直前で文節は切れます。助動詞は付属語なのでその直前で文節は切れません。

為る程、為る程。今回の文章は文節で区切ると「だつたら/諦める以外に/手段は/無いではないか。」となるのだらう。直前で文節が切られないのだから助動詞。だから漢字での表記は誤りとなるのだらう。

2006年03月09日

雑感(Winny)

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2006-03-09T21:34:00+09:00
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WinMXの進化バージョンとか云ふ触込みで世に出回り始めたWinny。MXとは全く異なつた概念に当時は驚かされたものだ。しかし出回ると同時に――当然のやうに――違法性の高いファイルがWinnyネットワークで遣り取りされ始める。当たり前だ。世の認識が、WinnyはWinMXの進化バージョンと云ふことだつたのだから。更に、WinMXとWinnyの手軽さは違法ファイルの遣り取りの敷居を下げた。特に高い情報に関する知識を必要とせず、パソコン初心者であつても本人が望むファイルを手に入れることができるやうになつたの。だからここまで連日のやうにWinnyによる情報の流出事件が起こるのだらう。Winny使用の是非は兎も角として、自身の犯している危険をもう少し認識すべきだ。

負け犬に必要なのは、努力ではなく諦めである

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2006-03-09T23:31:00+09:00
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だが今のところ負け犬にとって有効な「クーリングアウト」が用意されてはいない。結婚が女の幸せと思っている人が多く、諦めさせることがなかなか出来ない。

負け犬にとって不幸なのは、結婚できないことではなく、結婚を諦められないことなのだ。「クーリングアウト」が社会の側に十分用意されていないため、諦めることが難しい。

yas氏が言ひたかつた負け犬とは未婚の30歳以上の女性を指すものだが、負け犬に必要なのは、努力ではなく諦めであると云ふことは万事に於いて言へることだと思ふ。幾ら努力しようが負け犬となつた今回の結果はくつがえることは無い。だつたら諦める以外に手段は無いでは無いか。それが二度と機会が無い勝負であつたならば尚更のこと。諦めは肝心である。

a:visitedのスタイル

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2006-03-09T23:50:00+09:00
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a:visitedのスタイルとして私が求める項目は下記。

納得のゆくスタイルにならない。難しいものだ。

2006年03月08日

更新履歴(VoPN周り)

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2006-03-08T20:15:00+09:00
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VoPNとはVoIPとはVoFRとはVoATMとはを新規作成。いづれSIP周りに手をつける際の布石。

2006年03月07日

更新履歴(全銀協手順とは)

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2006-03-06T22:12:00+09:00
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全銀協手順とはを加筆修正。ごく希に触れる機会があるだけに、知らぬ存ぜぬでは通用しないプロトコル。学習し直したので加筆修正。

2006年03月06日

かなと音声環境について

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2006-03-06T07:25:00+09:00
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ja-VALIDとか出来ないのかな。正字は兔も角、正仮名の方は略仮名と区別する必要があると思うのだけど。取り敢えず、現時点では同一文書内に略仮名と正仮名が混在するのは致命的だと思う。音声環境とか如何なるのだろう。

言<span style="speak:none;">ふ</span><span style="display:none;speak:none;">(</span><span style="display:none;">う</span><span style="display:none;speak:none;">)</span>

ja-VALIDのやうなものが無ければ、こんな感じでマークアップをすることになるのだらうか。手間なことこの上無い。

正かなと音声環境について(2)

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假名づかひは假名で國語を書く時の正しい書き方としての社會的のきまりである。即ち、それは、文学言語のに於ける文字の上の決まりであつて、文字と關係の無い音聲言語とは無関係のものである。

(中略)

假名づかひは、かやうな理念の下に起つた、文字言語に於ける假名の用法上のきまりであつて、同じ語は誰が書いても同じ字で書くやうにさせる事を目標としたものである。

私が正かなと音声環境についてで模索してゐたことが如何にずれてゐたかが解つた。HTMLやら何やらで弄り倒したところで本質的なものは何も解決してゐない。人が正かなづかひの文章を解釈するのであれば人が、アプリケーション的な何かが正かなづかひの文章を解釈するのであればアプリケーションが、HTMLファイルならばUAが解釈――そして必要に応じて出力を――すれば良いだけのことである。本質が先に来ず、情報技術的な何かを用ゐた解決策で本質を包み込み、それを本質と勘違ひするのは悪い癖だ。

2006年03月05日

正字の魅力について

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2006-03-05T15:47:00+09:00
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ある意味、当用漢字、常用漢字を習い育った人が正字に魅力を感じていないのは当り前だと思います(私の國語敎室は仮名遣いの問題を主に取り扱う本ですし)。何故なら、既に当用漢字、常用漢字を習っている人は、後から正字を勉強しても、この字は正字だとこの字だと云った様に、「対応表」の形でしか覚えないからです。略字はその名の通り正字を略したもので、字体が歴史と共に簡略化されていくのは当然だと考えているなら、やはり正字には魅力を感じないと思います。その正字に魅力を感じるには、略字が当用漢字、常用漢字として定められた事の問題と、正字がいかに整理された字体であったか等を知る必要があるでしょう。

私は無知からの思ひ込みで、一つの正字が一つの略字に当てられたと勘違ひをしてゐた。正字は略字の画数を減らしただけのものと、正に対応表を頭の中で展開してゐたのだ。真名垣氏は例として水に「とける」意味での「溶」と、火で「とける」意味での「熔」は、「溶」に統一されたことを挙げられた。このことを知らなかつた者――私も含めて――が正字を覚えやうとすれば、熔けると云う漢字を追加で覚える必要が生じ、面倒だと感じるだらう。その面倒だと思ふ気持ちが邪魔をし、魅力を半減させる。だから面倒だと云ふ結論をより磐石なものとする。つまり簡略に越したことは無いと云ふ甘い香りのする結論で思考を停止させやうとする。これが私の現状。もつと解り易く正直に言ふと、今現在私は正字に魅力を感じてゐる。もちろんこれはあとづけ。真名垣氏の記事を読んだからこそ感じ始めた魅力だ。当然正字に関する知識は限りなくゼロに等しいので、正字を手足の如く扱ふにはそれ相応の学習が必要となるだらう。しかし、もし仮に、ここへ私の脳が全ての正字を入出力可能と為るアプリケーションのCD――ドライブは何処?何て事はさておき――が在れば、迷わずそのアプリケーションをインストールしてゐるであらう。これは魅力を感じてゐることに他ならない。言ひ換えれば、学習と云ふ過程を敬遠しやうとしてゐるだけで、私は正字を自在に入出力できるやうになりたいのだ。

否、こんな結論を出したところで、現在正字マスタアプリケーションなんてものは存在しないだらう。無い以上、一字づつ頭に叩き込む以外に方法は無いのだ。人前で披露しようとするから正字マスタアプリケーションなんてものを望むのであり、実際のところは焦る必要などどこにもない。興味を持つたのであれば興味が無くなるまで覚えれば良いだけのことなのだから。

と云ふ訳で、先づは略字が当用漢字、常用漢字として定められた事の問題と、正字がいかに整理された字体であったか等を調べようと思ふ。

DFN要素ついて

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2006-03-05T16:11:00+09:00
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上記記事を作成中に思つたのだが、DFN要素としてマークアップされた単語が他ページで定義されてゐる場合は如何すれば良いのだらう。他ページ、更に言へば他サイトで定義若しくは解説されてゐる単語を更に説明し直すことは効率が良く無い。<dfn href="" offset="200" length="128">ぴよ</dfn>とすれば如何だらう。

href
解説サイトのURI。
offset,length
hrefで示されたページの先頭から数えてこのオクテット目から、lengthで指定される長さの文字列が解説文章である。

無理だ。offsetlengthは変更される可能性がある。と云ふことは解説記事のid属性に頼るしか無いのだが、そもそもDNFにはhrefやらciteと云つた属性が無い。引用が前提となつてゐるのだらうか。

2006年03月04日

歴史的仮名遣いの魅力

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2006-03-04T01:00:00+09:00
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先日購入した福田恆存著:私の國語ヘ室を現在読み進めている。「第一章:現代かなづかいの不合理」、「第二章:歴史的かなづかいの原理」まで読み終わったのだが、正直細かい点は何も理解出来ていない様に思う。ただ、バイアスのかかった現状では、現代かなづかいは決して論理的な記述手段では無いと判断しつつある。同著を読み終えた時点でどの様な感想を抱いているかは判らないが、徐々に歴史的かなづかいへ魅力を感じつつあるのは確かだ。正字と呼ぶのであろうか、旧字と呼ぶのであろうか。国に対して國と記述する方法の事なのだが。こちらに対しては現状で魅力を感じていない。漢字についての生い立ちを学習するのは興味がある方がやれば良い事であって、興味の無い者にとっては読み易く記述し易いに越した事は無い。声を聲と記述すれば、その漢字の生い立ち――耳と打楽器を打つ様を示す文字とを合わせて打楽器の音を聞く意。のちに「こえ」の意に用いる。声は略体――が解り、文字が表す意味に対して理解を深める事も出来る。が、そんな事には私は魅力を感じない。重要なのは「こえ」と言う単語が持つ意味であり、その単語を表す文字として「声」が割り振られているだけに過ぎない。全く意味を持たない記号が「こえ」と言う単語に割り振られていたとしても、その記号を習得する上で然程苦労は感じ無いだろう。そんな理由から、字体が歴史と共に簡略化されていくのは当然の事だと私は思っている。

簡略化された漢字すらまともに理解出来ていない私が偉そうに語る事でも無いが、そんな事を同著を読み進めていく上で考えた。否、話が逸れたので元に戻そう。もしかすると歴史的かなづかいを習得する目的で、当日記を歴史的かなづかいに――気が済むまで――変更するかも知れない。何かの良し悪しについて判断を下すには、その何かを経験するに越した事は無いとの持論の上。

更新履歴(歴史的かなづかひ)

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2006-03-04T13:16:00+09:00
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歴史的かなづかひを更新した。習得するためにも早速使つてみよう。飽きる若しくは見切りをつけるまでの限定と言ふ事で。難しい漢字の方は、まうもう少し様子を見てから手を出すか如何するか決めようと思ふ。

使つてと使

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2006-03-04T13:16:00+09:00
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「使つてみよう」と「使てみよう」どちらが正しいのだらうか。現代文法すらまともに理解してゐない私には判断する足掛かりが無い。頼りのGoogle先生に聞いてみたが、どちらもWWW上で使われていると言ふ事らしい。

また、「使れている」は「使れてゐる」が正しいのだらうか。「〜している」は「〜してゐる」と記述するのが正しいらしいがさて。疑問は尽きない。

2006-03-04T13:16:00+09:00追記

まうは強ち間違いともいえないのですが、「もう」の儘で良いかと思います。「使つて」も「使うて」も「使ひて」からの転ですので、どちらが良い、というのはありません。原型を使うのが良い、と思うのならば「使ひて」を使うべきでしょう。又、Google を安直に頼るのは良くないです。WWW 上には似而非正かな遣ひが妙に蔓延っていますので、正かな遣ひを調べる場合は site:aozora.gr.jp 或は site:members.jcom.home.ne.jp/w3c を付けないと雑音が雑じります。というか辞書を引けば一発です。

いつもありがたうございます。

当日記のRSSフィードについて

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2006-03-04T14:12:00+09:00
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当日記にてをととひ辺りからRSSフィードを配信し始めたのだが、タイトルやら要約やらが文字化けをしてゐたやうだ。原因は、当初jcode.plを使用しShift_JISでRSSファイルを作成してゐたが、或る時点から思ひ直してJcode.pmを使用しUTF-8でRSSファイルを作成するやう、仕様変更を行つた事。早い話が同じファイルに複数の文字コードが混在してゐたと云ふ酷い状況であつた。RSSファイルを削除すると言ふ暴挙にて解決を図つた。

駒大苫小牧高校の出場辞退について

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2006-03-04T20:14:00+09:00
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記事によると、駒大苫小牧高校は三年生部員の飲酒喫煙問題の責任を取り、春の選抜野球大会出場辞退を決めたらしい。飲酒喫煙問題を起こしたのは三年生であり、被害を被つたのは二年生を始めとする下級生。この決定を高校側が出してゐると云ふのだから意味が解らない。そもそも飲酒喫煙問題と云ふのは個人の問題で在り、野球部や高校とは何ら関りは無い。如何しても高校側が責任を追及したいのであれば、その矛先は野球部にでは無く問題を起こした一個人に対して向けられるべきである。間違つても前途有望な後輩達や、その活躍を楽しみにしてゐる卒業生やファンの方達へ向けられるべきでは無い。結果としてもだ。

因みに、飲酒喫煙問題を起こしたのは卒業式後であつたとのことだ。云はば問題を起こした者達は駒大苫小牧高校部外者であつたのだ。駒大苫小牧高校は、同校同野球部の卒業生――十年前の卒業生であつても――が何らかの軽犯罪を起こしたとしても、その年の高校野球出場を辞退するのであらうか。しないだらう。と云ふか出来ないだらう。そのやうな事は高野連が許しても在学生やその保護者達は許さない。今回の件が同じ事だとは思はないのか。

更に腹が立つのは、今回の件について監督と部長が辞任すること。だから何故矛先が野球部に対して向けられるのか。責任をとらせたいのであれば、校長なり教頭なり適当な首が幾らでも転がつてゐるでは無いか。それを避ける為に責任の所在を野球部に押し付ける駒大苫小牧高校の決定は全く持つて筋が通つてゐない。監督や部長を辞任させると云ふことは、夏の大会への出場まで前途有望な後輩達から奪うことにも為りかねない暴挙である。そもそもクラブ活動に所属してゐない生徒が飲酒喫煙問題を起こしたのであれば如何するのか説明をしてみろ。筋の通らない責任のとり方、とらせ方は得てして無責任と為りかねないことに何故気がつかないのか。

2006年03月03日

日記システム完成

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予てよりちらつかせていた日記システムが完成した。基本的な仕様はねこめしにっき様を模倣させていただいた。主な機能は次の通り。

過去に書いた記事を手動で登録したために、登録日時が全て本日の日付になっている事は見逃して下さい。

日記システム修正

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トラックバックの受付が巧くいってなかった。原因は凡ミス。直ちに修正したが、楽天からのトラックバックが文字化けしている。何だかもうどうでも良いや。

一国一城の主

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2006-03-03T03:54:00+09:00
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財布に4100万円が入っていれば即決で買うのだが。否、破格かどうか、手が出せるかどうかなどこの際問題では無い。城を手にに入れたと言うステータスが重要だ。一城の主に為れる男などそう居ないのだから。

それとも何か。一城の主にステータスが有ると言う公理自体に穴が有るのだろうか。

日記システムの課題

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<pre></pre>と言う文字列の間にある<br />以外の全ての<br />を取り除く正規表現を作成したい。が、如何も思い通りのものが出来上がらない。

IPv6について

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IPv4ですらまともに――ルーティング周りなど特に――理解出来ていないのにIPv6へ手を出すのは無謀過ぎると思うのだが、せめて常識的な内容くらいは知っておきたい。そんな私にぴったりのページがあったので覚え書き。ただ、"如何すればIPv6は普及するのか"が至る所で論議されている以上、IPv6は広がらない様に思う。石油の問題と同じで、枯渇してからで無いと新たな方法は普及しないのでは無いかな。

Copyright (C) 2006 七鍵 key@do.ai 初版:2006年03月03日